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福岡高等裁判所 昭和42年(う)201号 判決

被告人 牛島襄二郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人中川宗雄が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

右控訴趣意第一点(事実誤認)について

原判示第三強盗致死の事実関係

原判決挙示の関係証拠によれば、原判示第三の強盗致死の事実を認めるに充分である。これを詳説するに、右証拠によれば、被告人は中川稔悠を普通乗用車トヨペツトコロナの助手席にのせてこれを運転し、昭和四一年五月一〇日午前三時頃熊本市黒髪町坪井、寺原自動車専門学校に赴き、ガソリンタンクからガソリンを盗もうとしたが施錠されていたため、自動車を同校事務所前に廻しエンジンを動かしたままで停車させ、中川がその錠を求めて事務室に入つたが、机の上に金庫があつたので、これを事務室外で窓を開けて待つていた被告人に手渡し、被告人は右自動車内に持ちこんで、両名してこれを開け中にあつた一〇円硬貨一〇〇枚位をとり出し中川のポケツトに入れてこれを窃取し、更に金庫内に金額を記載した紙片があつたのを見つけ、右両名はなおも金員が事務室内にあるとみて、これを盗み出すため事務室に引き返し、二人でキヤビネツトを開けようとしたが、開けることができず、他を物色するも金員その他ガソリンタンクの鍵も発見することができなかつたので、自動車に戻る途中、事務所内で電燈がついたのに気付き、被告人等は発見されたと考え、直ちに停車させていた右自動車に乗つてこれを運転し、その場から逃走したこと、事務所内で宿泊していた自動車整備士の宮崎勝利は、被告人の前記自動車のエンジンの音に目をさまし、貸出の自動車が帰つてきたものと思つて外に出ようとしたところ、事務所の窓が開かれているのに気付き、自動車も見当らないため、同宿の同校教官内田啓士を起して二人で事務所を点検し、現金一、〇〇〇円がなくなつているのを発見したこと、そこで宮崎は犯人が右エンジンの音がしていた自動車でやつてきて金を盗み逃走した直後と考えて、今車が逃げた、車はトヨペツトコロナであることを告げ、内田とともにこれを追跡して捕えるため、内田が同校の普通乗用車トヨペツトクラウンを運転し宮崎がこれに同乗して同市京町から出町方面にかけて被告人等の自動車を探したが発見することができなかつたため、一応学校に引き返し、事務室内をあらため、警察に通報しようとしていたとき、同日午前三時二〇分頃学校正門に自動車の前照燈がみえたので、宮崎はこれがトヨペツトコロナであることを確認し、しかも深夜特に通行車輛とてないときに、そのうえ東の方から学校正門前の三差路に入る道は狭く、通常道に迷つた車でなければ通行しないようなところを通つてくるところから、直ちにこの車が、さきに逃げた犯人の車であると確信し、内田啓士にその旨を告げ、両名でこれを追跡し、犯人を捕えるべく、直ちに内田が前記学校の自動車を運転し、宮崎もこれに乗車して同校を出発したこと、一方被告人は前記自動車学校から逃走し、途中同市清水町打越の道路上で駐車中の車の中から鰐革バンドを窃取した(この事実は原判示第二別表の窃盗)ものの、道不案内のため、約二、四五〇メートルを走行して再び上記のとおり寺原自動車専門学校正門前三差路に出てしまい、しかも追跡されるに至つたところから、高速で深夜の町を逃げ廻り、結局約四キロメートルを走行して同日午前三時三〇分頃同市竜田町陣内国鉄竜田口駅前で追いつかれたこと、宮崎は被告人等の車に追いつくと直ちに下車し被告人の車のドアを開け、被告人に下車をうながすや、被告人は捕えられることを免れるため、下車するやいなや、所携の刺身包丁を振り廻して同人を脅迫したので、同人はその場を避けたが、内田が被告人の腕をとらえようとしたので、被告人は前同様逮捕を免れるため、右包丁で同人の上腹部を一回突き刺し、再び丸太棒で被告人を制圧しようとした宮崎に上記刃物をつきつけてひるませ、直ちに乗つてきた自動車に乗車して逃走したこと、内田は右被告人の所為により肝臓下大動脈穿通の刺創を受け同日午前五時五〇分頃同市草場町西郷病院で失血死したことが認められる。右に反する被告人の原審並びに当審における供述並びに原審証人中川稔悠の供述記載は信を措くをえない。そして、右認定事実によれば被告人は中川稔悠と共謀の上、寺原自動車専門学校校主片桐英昭所有の現金一、〇〇〇円を窃取したものであることが明らかであり、また、被告人は手提金庫を取り扱うときには手袋をしていたが再び事務室内を物色する際にはこれを着用していなかつた旨の被告人の司法警察員に対する供述調書の記載もあることから、たとえ、本件手提金庫に被告人の指紋がなく、かえつてキヤビネツトにこれを認めうるとしても、上記事実を認定することの妨げとはならない。

そして刑法第二三八条にいう「窃盗財物を得て」とは当該犯人が自ら現に窃取した財物を所持していることを要せず、共にその場にある共犯者においてこれを所持している場合をも指すものであり、また右強盗罪が成立するためには、暴行脅迫が窃盗行為と時間的、場所的に接着し、窃盗行為後間もない機会において行われ、しかも被害者側の者によつて現場から追跡態勢がとられ、これらの者によつて財物が取りかえされるとか犯人が逮捕されるとかの可能性を存している状況においてなされることを要するものと解すべきである。

本件において被告人は中川稔悠と共謀の上現金一、〇〇〇円を窃取し現金そのものは中川において所持し被告人と同行していたことは叙上のとおりである上に前示のとおり前記寺原自動車専門学校において現金一、〇〇〇円を窃取し自動車で逃走したので、同校教官内田啓士、同校自動車整備士宮崎勝利は直ちにこれを追つたが発見することができなかつたため、いつたんは同校に戻つたものの、程なく被告人が再び右自動車学校前道路に来たため、右内田等に気付かれ、再度自動車で追跡され国鉄竜田口駅前で追いつかれ、ここにおいて逮捕を免れるため同人等に暴行脅迫を加えているのであつて、時間的場所的にも窃盗行為と極めて接着し、被害者側の追跡態勢下において行われたものであると認められるので、右は前同条の強盗罪に該当することは明白である。そして、右暴行の結果内田啓士を死に致しているのであるから、被告人の所為が強盗致死罪に該当するものと認めざるをえない。なお、もともと宮崎と内田に対する強盗行為は単純一罪とすべきであり、内田に対する強盗行為は致死の結果を生じているため本件では内田に対する強盗致死の罪のみが成立するものと解する。たとえ、右内田、宮崎等は確実に被告人が犯人であることの認識はなかつたにしても、客観的情況下において犯人であると確信し、かく確信するについては充分な理由があり、被告人を逮捕するつもりで追跡しており、現に被告人を逮捕しようとしていることが明らかであつて、本件では刑事訴訟法上常人逮捕が許される現行犯としての要件も備えていると認められないこともないのであるから、右内田等の所為は何ら違法というをえず、被告人の犯罪の成否に影響を及ぼすものとはならない。原審が被告人に対し強盗致傷の事実を認定したことは、まことに相当である。

原判示第四脅迫の事実関係

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が原判示のとおり、友貞差入屋こと江藤弘助に対し、同判示の内容の文書で、その財産に害を加うべきことをもつて同人を脅迫した事実を肯認することができる。被告人は原審第二回公判期日において右事実を自白しているばかりでなく、本件文書の記載内容は客観的にみても優に江藤弘助を畏怖させるに足る害悪の告知があると認められ、被告人が当時未決勾禁中であるからといつて害悪の実行性がない空虚なものとなすをえない。もとより単なるいやがらせというにとどまるものとも認められない。原審が脅迫の事実を認定したことはまことに相当である。

叙上のとおりであつて、記録を精査しても原判決には所論の如き事実誤認の違法は存しないので論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点(量刑不当)について

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている被告人の年令、境遇、前歴、犯罪の情状及び犯罪後の情況等に鑑みるときは、なお所論の被告人に利益な事情を十分に参酌しても原判決の被告人に対する刑の量定はまことに相当であり、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却し、なお刑法第二一条を適用し当審における未決勾留日数中六〇日をその本刑に算入することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 山本茂 生田謙二)

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